MC9S08SH4 のギャング出力でバックコンバータ (2) [HCS08]
MC9S08SH4 のギャング出力でバックコンバータ (1)で、5.7mHのインダクタが必要なことがわかりました。 今回は、コイルを巻きます。
トロイダル・コアを選ぼう
コイルを巻くためのトロイダル・コアの候補については、トロイダル・コア・カタログで調べました。 この記事で調べたコイルのインダクタンスを見ると、 5.7mH などという大きなインダクタンスが、果たして実現できるのだろうかという値が並んでいます。 インダクタンスは、巻き数の自乗に比例するので、もちろん巻き数を増やせばインダクタンスを増やすことはできます。
巻き数を増やすと、もう一つ好ましくない現象が発生します。 参考文献にも書いてありますが、トロイダル・コアを使うときには、磁気飽和という現象に気をつけなくてはなりません。 磁気飽和とは、簡単にいうと、電流を流すことによって発生した磁束をコアが受け入れられなくなってしまう現象です。 この現象が発生すると、コイルはインダクタンスとしての役目を果たせなくなり、電流が流れすぎてしまいます。
コイルに流れる電流に巻き数を掛けた値を「起磁力」と呼びますが、コアには、その上限を示す「限界起磁力」と呼ばれる値があって、この値を超えないように流す電流を決めなくてはなりません。 限界起磁力(NI, 単位は A turn)は、トロイダル・コアの場合は、コアの材質によって決まる飽和磁束密度(Bs, 単位はT; Tessra)と比透磁率(μs, 単位は H/m)およびコアの内径(d, 単位はmm)から近似的に求めることができます。
NI = 2500 × Bs × d / μs
そこで、いくつかのコアについて、限界起磁力、100mAの電流を流したときに許容される巻き数、その巻き数で実現できるインダクタンスの値を計算してみました。
コア | Bs (T) | d (mm) | μs (H/m) | NI (A turn) | N (turn) | AL (nH / turn2) | L (mH) |
---|---|---|---|---|---|---|---|
FT37#61 | 0.23 | 4.75 | 125 | 21.85 | 218 | 55 | 2.61 |
FT50#61 | 0.23 | 7.15 | 125 | 32.89 | 328 | 69 | 7.42 |
FT37#43 | 0.28 | 4.75 | 850 | 3.91 | 39 | 300 | 0.46 |
FT50#43 | 0.28 | 7.15 | 850 | 5.89 | 58 | 375 | 1.26 |
35T0501-10H | 0.45 | 7.14 | 5000 | 1.61 | 16 | 3659 | 0.94 |
35T0870-00H | 0.45 | 13.72 | 5000 | 3.09 | 30 | 6040 | 5.44 |
一番インダクタンスを大きくできそうなのは、FT50#61という結論になりました。 でも、そのためには、あの小さなコアに何百回もコイルを巻かなきゃいけないのか。
次点は、"35T0870-00H" です。 このコアは、トロイダル・コア・カタログでは出場しませんでしたが、digi-keyで見つけたかなり大き目のコアです。 このコアでは、コアが飽和する寸前の状態まで使って6.98mHのインダクタンスにすることができます。 従って、あまり余裕はありません。 惜しいな、もうちょっと。
必殺技!ツイン・コア
と、参考文献を見ていたら、解決方法が書いてありました。 トロイダル・コアを何枚か重ねれば、コアの断面積が増えてインダクタンスが上がります。 そのため、巻き数を減らすことができ、流せる電流も増えます。 "35T0870-00H" を二枚重ねにして、コイルを22回巻くと 5.85mH のインダクタになります。 100mA流した時の計算上の磁束密度は、 0.32T です。 きっと、これならいけるだろう。
コイルを巻くぞ
計算ができたら、あとはコイルを巻くだけです。 比較のため、別のコイルも巻いてみました。
ゼッケン | コア | 巻き線 | 巻き数 | L (mH) | B (T) |
---|---|---|---|---|---|
1 | 35T0501-10H | 0.50mm | 32 | 3.75 | 0.90 |
2 | 35T0501-10H TWIN | 0.50mm | 29 | 5.74 | 0.81 |
3 | 35T0870-00H | 1.0mm | 31 | 5.80 | 0.45 |
4 | 35T0870-00H TWIN | 1.0mm | 22 | 5.85 | 0.32 |
"35T0870-00H" は、巻き数が少ないので1.0mmの極太UEW線を巻いてみました。 先端には、ブレッドボードに挿すための0.6mmスズめっき線が追加されています。 #35コアの飽和磁束密度は、0.45Tなので、計算によれば、ゼッケン番号4以外のコアは飽和してしまうはずです。
オープン・ループ制御の実験
バック・コンバータとしての動作を見るため、 15Ω の抵抗負荷をつないで、デューティー比と入力電流、出力電圧(VOUT)の関係を調べました。 入力電流は、5.0V電源に 2.2Ω の抵抗をつないだときの電圧降下(VBAT)から計算しています。 このため、入力電圧(VDD)も多少変動するので、入力電圧も記録して入力電力の計算に使用しています。 実際には、これにパスコンが追加されています。
使用したプログラムは、MC9S08SH4 のギャング出力で作るPWMで作成したプログラムです。 デバッガから変数を直接操作して、出力を観測します。
変数 "duty" と出力電圧の関係はこうなりました。 90mAの電流を流したいので、抵抗両端の電圧が1.35Vになる付近が気になるところです。 どのコイルの場合にも出力電圧には変化がないようです。 理論的には、出力電圧はデューティー比だけに依存するので妥当な結果です。
次に入力電力(PIN)と出力電力(POUT)の関係を見てみました。 それぞれの値は、以下のように計算しています。
PIN = VDD × ( -VBAT / 2.2Ω ) POUT = VOUT2 / 15Ω
どのグラフも50mW付近でX軸と交わっています。 これは、マイコンが動作するための電力であると考えられます。 また、この実験は、デバッガである USBMULTILINK を接続した状態で行っていますので、デバッガが消費する電力も含まれるはずです。 グラフの傾きは、電力変換の効率に相当します。 ゼッケン番号1のコイル(T0501 S)には、高出力部分で少し落ち込みが見られます。 これが磁気飽和の影響なのかな?
最後のグラフは、出力電圧と全体の効率のグラフです。 効率は、 POUT を PIN で除したものと定義しています。 出力電圧が低い(出力電流が低い)部分で効率が極端に悪いのは、電力変換とは無関係な電力、たとえばマイコンの消費電力などが大きく見えるからです。 90mA出力(VOUT=1.35V)で効率57%というところですね。 ドロッパを使うよりはマシということにしておきましょう。
どのコイルにしようか?
実験の結果、磁気飽和による極端な効率の落ち込みは見られませんでした。 そのため、どれが良いという結論は出せませんでした。 これら四つのコイルを取り替えながら実験を続けようと思います。
次回は、定電流制御を考えます。
参考サイト
- Ferrite Toroids & Balun Cores
- Steward社のトロイダル・コア等のカタログです。 コアの材質に関する詳細なデータも掲載されています。 ところが、Steward社を買収したはずのLaird社のカタログには、これほど詳しい情報は出ていませんでした。 このリンク先もいつまであることやら。
- 作者: 山村 英穂
- 出版社/メーカー: CQ出版
- 発売日: 2006/11
- メディア: 単行本
参考文献
改訂新版 定本 トロイダル・コア活用百科 ―トロイダル・コイルの理論・製作と応用回路
おー、今回も良コンテンツ有難うございます。
効率が57%と言うのは十分良いのではないでしょうか。市販のDC/DCもこの位低い電圧を発生した場合は、それ程効率が良くないですからね。
少なくともドロッパーなら電源電圧が5V、電池の両端電圧の平均が1.5Vとしても、充電に使ったエネルギーの6割以上は熱で捨てている事になりますから。
リサイクル可能な電池を使えばエコとかいった話は、充電時の損失も話に入れるべき事であると言えますね。
by hamayan (2009-03-27 11:15)
実際に実験してみてわかったのですが、電池一本を充電しようとすると電池に投入できる電力は全体の30%ほどになります。
このONE CHIP充電器での問題は電池電圧が1.5Vと低いので、ショットキーダイオードやポート出力での電圧降下が無視できなくなるということが原因となっています。これを解消するには、ON抵抗の小さな外付けトランジスタを使う必要がありそうです。なかなか、ON CHIPというのは厳しい条件ですね。
by noritan (2009-03-28 17:57)